投稿日:2008-03-05 Wed


5日、早朝に市役所前から役所が主催する人権講座で国立療養所長島愛生園に向かいました。バス1台ほぼ満席の参加者です。3時間あまり(途中2回のトイレ休憩)かけ、11時前に長島愛生園に到着。歴史資料館を見学し、職員の方から説明を受けました。
長島愛生園には、元ハンセン病の患者さんが後遺障害の治療や社会復帰できない方、374人が療養されています。
ハンセン病の原因菌は、レプラ菌"Mycobacterium Leprae"
細菌表面にロウを含む抗酸菌に属しており、細菌の性質としては、結核菌と似ています。顕微鏡監察する際に、加熱染色を行い、後に塩酸アルコールによって脱色操作を行っても抗酸菌は脱色されず赤紫に染まって観察することができるのが所以のようです。
レプラ菌は、感染力が非常に弱く、多剤治療で完治できるとのことです。


明治以降に隔離政策が行われ、昭和になってから患者や家族(子ども)が強制収容政策によって多大な苦難の生活を余儀なくされました。愛生園で実体験を入所者の方からお聞きしました。そのお一人 金さんは、終戦後大阪で商店を経営されていましたが昭和28年に保健所の職員が自宅にきて何度も入所をすすめ、断り続けると強制的に連行され、大阪駅から「お召し列車」で長島愛生園に連れてこられたと証言されていました。
親戚からの連絡で夫人が精神的な病気になっているから、一度帰ってきてほしいと連絡があったけれども園長から許可してもらえず、帰れなかったこと。園長が替わってから帰宅するとすでに夫人は無くなってしまっていたことなど。強制収容による悲劇を語り、その後、ハンセン病裁判に立ち上がって「人間回復」闘いの先頭に立たれたお話を伺いました。
昼食を含めて約4時間の見学や入所者のお話を聞いて研修を受けたのですが、ここでも国の誤った公衆衛生(感染症対策)行政が行われ続けた(「ハンセン病問題に関する検証会議」が05年3月1日公表した最終報告書要旨)ことは、集団予防接種行政や薬害肝炎でのフィブリノゲンなどの血液製剤行政も、同じ厚生労働行政の過ちであったことがはっきりしました。
論文「日本におけるライ対策とハンセン病政策」(卒業論文「Etoile」のホームページから)
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
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